撮影会において、モデルの昼食手配という仕事もある。スタジオ撮影の場合、大抵ファミレスの宅配サービスを利用する。そのスタジオの場所に応じて、ガストとかジョナサンとか、適当なレストランの宅配メニューを持っていき、モデルさんが食べたいもんを用紙にメモしておいてもらう。午前のうちに用紙を回収し、昼休憩開始前に届くように電話注文するわけだ。
至極簡単な業務のはずだが、結構面倒なことも多い。まず、メニュー表に乗ってる商品名をそのまま記入してくれるモデルは少ない。実際に電話注文する身にもなってほしい。「若鶏のグリルポルチーニと濃厚チーズのシチューソース」が「ぽるちーにちきん」とだけ書かれているのはまだ伝わるだけマシ、というかむしろこっちの方がシンプルで良い気さえするが、しかし、「和風ハンバーグ」とだけ書かれているのを読み上げて、オペレーターに「和風てりたまハンバーグですか?和風おろしハンバーグですか?」と確認された時の煩わしさったらない。
あと、平気で要レンジ調理のメニューを書き込んでくるモデルもいる。そもそも撮影スタジオに電子レンジなんかない場合がほとんどだし、よしんばあっても手間だから勘弁してほしい。
ということで、電話の前にモデルが書き残したメモとメニュー表をいちいち照合する作業が必須なわけだが、これってすげー無駄な労力じゃないか?だいたい、俺も他人のこと言えないが、ミミズが這ったような字がほとんどだし・・・ホント、「ビーフorチキン?」ぐらいまで簡略化したい。
しかし、今回の問題はメニューではなかった。
電話注文の際、当然ながら配達先を伝える。よく利用するスタジオなら、ファミレス側で電話番号に紐付けて登録されてたりするが、残念ながら今回のスタジオはその例に漏れており、住所を伝えなければならなかった。
「高田XX -YY -ZZ ハイライフ◯◯の地下1階です」
「ハイライスの地下1階ですね」
「あ、いえ、ハイライフです」
「ハイライス・・・??」
「いや、ハイライ、フ、です」
「ハイライス」
なんでスにこだわる・・・!?
「フ、です。フ。ハイライフ」
「ハイライス」
「フ!」
「すみません・・・音が篭ってよく聞こえかねます・・・」
どーーしてフが篭ったらスに聞こえるんだよ!?っていうか、聞こえないっていう割にそのサ行に対する絶対的な固執はなんなんだよ・・・
埒が明かない。周りに誰もいないことを確認し、俺は最終奥義の使用を決意する。俺自身も深傷を負う恐れのある危険な諸刃の剣だが、これ以上不毛なやりとりを続けられない。
「はっひふっへほー(バイキンマン調)!!のふです!!!」
「さ、し、す、せ、そ、のすですか?」
てめえ、この野郎・・・!
大誤爆じゃねえか。
「フ、です。フ。藤井フミヤのフ」
「フ?ハイライフですか?」
伝わったよ!!!
さてはチェッカーズファンか?
かくして、やっとのことで住所を伝え終え、肝心のメニュー注文に入り、フライドポテトを頼んだ時には問題なく伝わったことには半分の安堵と半分の憤りを感じながら務めを果たした。
それにしても・・・そんなに俺(の滑舌)が悪いのか・・・?
まぁ、声は低いし、よく通る方ではないと自覚してはいるものの、かつてスタンダップコメディアンやラジオパーソナリティに憧れていた者としてはこれはけっこう凹む事案で、その日はずっとモヤモヤしていた。あのオペレーターの耳が悪かっただけだと信じたい。