部屋探し

会社を退職するにあたり、引越しをする必要がある。今住んでいるアパートは社宅扱いなので、契約者は会社名義になっているから一旦は退去しなければならない。どっちみち、会社の補助なしで今の家賃は払えないし。

そんなわけで２週間ほど前から新居を探していた。一時的に無職になるし、転職したところで給料が上がるわけでもないだろうから、贅沢な部屋には住めない。とはいえ、次の勤務地がどこかもわからないので、２３区へのアクセスはある程度確保したい。どこかいい場所はないかと検討していたところ、友人から「和光市駅周辺が穴場らしい」という情報をもらった。家賃がそれほど高くない上に、池袋まで15分程度、しかも始発駅なので電車に座れる、とのこと。

ちなみに、俺は「穴場」という言葉をあまり信用していない。仮にその情報が真であったとしても、俺のような世俗の情報網の末端にいる人間に届いている時点で、その情報は既に一般常識だからである。

とはいえ、他ならぬ友人からの情報。都内在住歴4年の割に、ほぼ自宅と会社の往復に終始し地理的な知識をほぼ持たない俺としては、他にすがるものもないのでひとまず調べてみることにした。そもそも、和光市ってどこ？というところからのスタートなので、まずはGoogle先生に地図を見せてもらう。

なるほど、練馬区のすぐ隣、本当に都境だ。アクセス面では問題なさそうである。しかし、俺はこの時、和光市駅のすぐ隣にある駅名に目を奪われていた。

成増

俺はこの地名を知っている！上京するはるか前、まだ秋田の山の中から出たことがなかった頃から、この地名は知っている。「成増」と「祖師谷大蔵」は「大崎」よりも先に覚えた東京の駅名である。

押忍！帝京高校出身
東武東上線成増在住
石橋貴明！

押忍！祖師谷大蔵下車 徒歩18分
木梨サイクル 長男
木梨憲武！

一気 いかせていただきます！

『一気！』　作詞　秋元康

そう、俺の永遠の憧れとんねるずは石橋貴明さんの出身地である。ちなみに上記の「一気！」が収録されているアルバムのタイトルも「成増」だったりする。

ついでだし、成増の物件も見てみよう。もしかしたら俺でも住める所があるかもしれないし、成増の紹介業者なら和光市駅の物件も管理してるだろうということで、２社ほどアポをとって物件見学に出かけた。

予算上限を指定して紹介してもらったので、成増物件も和光市物件も同じような家賃レンジのを比較したが、結論から言うとやはり友人の助言通り、和光市駅で紹介してもらった方がグレードとしては高かった。室内に洗濯機が置けるとか、最寄駅までの距離とか、その辺が。

これで場所的には和光市に固まったも同然だったが、俺はもう一つ二者択一を迫られていた。成増ではC社とM社にアポをとった。どちらも親身に対応してくれたが、M社の方が初期費用が安い。C社も決して高すぎるわけではないが、倍近く差が出ている。この辺は企業規模の差というか、マスメリットの話だと思う。ともかく、俺のように今の金が一銭でも惜しい身としては、本来ノータイムでC社を切り出してリーチをかけるところだが、手が止まった理由はただ一つ。

C社の担当者が、かわいい・・・

数えて23歳、新卒採用後、研修を終えて数日前に現在の店舗に配属されたばかりの女性社員である。同じ東北出身というところもポイントが高い。接客も明らかに場慣れしていない。そういう女の子にめっぽう弱いのがこの俺である。

駅徒歩3分、初期費用10万以下の物件 VS 新人担当Yさん(23)
竜虎相搏つ

こう書くとめちゃくちゃ下心があるように思われるが、そもそも俺は男女問わず新人営業に弱いというか、甘い。自分の経験と重ねてしまうところもあるのかもしれない。俺も23で食品卸の自配営業をしていた時には、得意先のおばちゃんたちに散々助けられたし。さらに、アポをとった順で言うとC社が先である。数日だろうが数時間だろうが、古い縁の方に情を持ってしまうと言うのが、自分の中に癖としてある。初期費用がネックなら、その点を踏まえて相見積もりをとるというのも顧客としては賢い方法だと思う。しかし、それはそれでC社にとっても面白い話ではないし、何よりM社担当に対しても不義理のような気がして、自分はあまり踏み切れない。なんというか、この辺の青臭さというのが、今の会社で俺が営業として大成しなかった根本だと自覚している。

まぁいろいろ考えた上、Yさんには申し訳ないが、結局M社紹介の和光市の物件に決めた。タカさんと同じ成増から、もう一度成りあがりを目指すというのも憧れたが、まぁ、いいんだ。俺とタカさんが同じスタート位置というのもおこがましい話。タカさんが成増なら、俺はもう一つ都心から離れたところからだ。